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「シュトレン」などスイーツで描かれる物語。インスタで評判になり、早くも続刊が登場した『ものがたり洋菓子店 月と私 ふたつの奇跡』

2024年4月19日

  • ものがたり洋菓子店
    『ものがたり洋菓子店 月と私 ふたつの奇跡』(野村美月/ポプラ社)

     住宅街の片隅に佇む洋菓子店「月と私」。シェフの糖花は超のつく内気で人見知りする性格ながら、作るお菓子は絶品。彼女のお菓子(と彼女自身)に惚れ込んだ販売員の語部は、ストーリーテラーとしての天賦の才を発揮して、お菓子を物語る――。そんな作品が『ものがたり洋菓子店 月と私 ふたつの奇跡』(野村美月/ポプラ社)だ。


    “文学少女”シリーズや“むすぶと本。”シリーズ(いずれもKADOKAWA)をはじめ、本への愛に満ち充ちた作品を多数発表している野村美月氏。本の他にも造詣の深いスイーツを題材に、お菓子と物語を組み合わせた新シリーズ『ものがたり洋菓子店 月と私』(ポプラ文庫)が昨年10月に刊行するや評判となり、その続編が早くも登場した。第1巻に続き、続編となる本書も発売後に即重版がかかる好調ぶりをみせている。


     語部というストーリーテラーを得て、閑古鳥の鳴いていた店から行列のできる人気店へと生まれ変わった「月と私」。互いに好意を抱きあっているにも拘らず、なかなか仲が進展しない糖花と語部の関係はさておいて、オンライン販売もはじめるなどして店は順調だった。


     糖花の他にもうひとり、パティシエを雇うことになり、やってきたのは16歳の愛くるしい少年、郁斗。糖花の作るトルシュ・オー・マロンを「世界で二番目においしい」と微妙な称賛をする彼が加わったことから、「月と私」はさらに賑やかになってゆく。


     今作もおいしそうなお菓子が続々と登場する。三日月や半月、満月を思わせるクッキーをたっぷり詰め込んだクッキー缶(第一話)。郁斗を虜にした、金色のマロンクリームが美しいトルシュ・オー・マロン(第二話)。「月と私」の常連客である紳士がこよなく愛するガトーオペラ(第三話)。糖花の妹、麦の恋愛模様に焦点を当てた回で鍵となるタルト・タタン(第四話)。


     愛のこもったお菓子の描写と、そこに添えられる「ストーリー」のマリアージュは、いよいよもって絶好調。それぞれに事情を抱えた人びとが、お菓子と物語の魔法によって心がほぐれていく姿が心地よく胸に沁みわたる。


     なにより注目したいのは、糖花と語部の関係に焦点を当てた第五話と六話だ。


     語部の体調不良がきっかけで二人の関係に大きな変化が生じ、お店を巻き込んだトラブルに。折しも季節はクリスマス、洋菓子店が一年で最も忙しくなる時期だ。辛さに耐えつつ、ひたすらケーキを作る糖花だが……。


     ここでフォーカスされるのは、ドイツのパン菓子シュトレン。クリスマスを待ちながら毎日少しずつ食べるものだという。語部の帰りを待ちながら糖花はシュトレンを食べて、彼がこの店に現れてからの日々を思い返す。そして気がつく。彼はお菓子だけでなく、自分にも魔法をかけてくれていたのだ……と。


     語部と出逢ったことで、店だけでなく自分も変わった。お菓子だけの世界から、お菓子をとおして外の世界に目を向けられるようになった。


     自分にとって彼がいかに大切な存在であるか糖花が知るこの場面は、クリスマスという背景も手伝って最高に盛り上がる。前作に続き、omisoの手によるカバーイラストがまた素敵だ。お菓子と物語の魔法を、この作品のあたたかくてやさしい世界観を、鮮やかに伝えている。


    文=皆川ちか

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