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奇想天外なミステリーを描く桃野雑派の新作。前作で宇宙空間の”無重力首吊り死”を解決した女子高生が、京都での事件に挑む

2024年4月24日

  • 蠟燭は燃えているか"
    『蠟燭は燃えているか』(講談社)

     奇抜な舞台設定と、逃げ場がないというスリル、焦燥感。桃野雑派の作品を読むと、あっという間にその世界に惹き込まれ、うるさいほど心臓が高鳴る。南宋を舞台に、空中を闊歩する武俠たちを描いた『老虎残夢』(講談社)で江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。2作目、『星くずの殺人』(講談社)では180度作風を転換し、宇宙ホテル内、無重力空間下での首吊り死に始まる連続殺人事件を描き出した。斬新な閉鎖空間で巻き起こるミステリーを生み出してきた桃野雑派の次の作品は何か——『蠟燭は燃えているか』(講談社)の舞台は、意外にも日本。だが、奇想天外なミステリーばかりを作り上げてきた著者が普通のミステリーを書くはずはない。金閣寺がゾッとするほど美しく焼け落ち、それに続くは銀閣寺。京都を舞台に、名所旧跡が次々燃える、連続放火事件が巻き起こる。


     主人公は、真田周。前作『星くずの殺人』にも登場した京都の女子高生だ。宇宙ホテルでの連続殺人事件から無事に帰還したが、大気圏突入時に生配信をした周は、「死人が出ているのに不謹慎」だと大炎上。周の動画チャンネルは、罵詈雑言が飛び交う場となってしまった。生配信は行方不明の友人・瞳子に向けたメッセージだったのだが、瞳子は見つからないし、炎上も止まらない。周の通う高校の近くには、迷惑系動画配信者が次から次へと現れ、周は通学することもままならなくなってしまった。そんなある日、周の動画に「まずは金閣寺を燃やす」という不穏なコメントが書き込まれる。周が見にいくと、本当に金閣寺は燃えていた。そして、その場には、捜していた行方不明の友人・瞳子の姿が。おまけに、不審火はそれだけにとどまらず、その他の事件現場にも、瞳子がいた。まさか、彼女が犯人なのだろうか。モヤモヤした思いを抱えたまま、周は瞳子の行方を追い続ける。


     今までだって、斬新な舞台設定と先の読めない展開で、読む者を驚かせてきた著者だ。京都を舞台にしても、それは同様。むしろ、臨場感はさらに増しているようにさえ感じられる。事細かなところまで丁寧に描かれた描写を読むと、そこは京都の街並み。次々燃えていく名所を目の当たりにすれば、自分も現場に居合わせたような緊張感、退路を断たれていくような恐ろしさを感じさずにはいられない。


     さらにこの連続放火事件に挑むことになる主人公・周のキャラクターが何とも清々しいのだ。周はバリバリの京都人。本人は「いけず」ではないと否定するが、たとえば、迷惑系動画配信者に「京都弁、かわいいってコメントたくさんありますよ。京都ってだけで特別扱いされて、よかったですねー!」と嫌味を言われれば、「なんちゃら弁ゆうのは、なんとか地方ゆう意味です。京都は一回も地方になったことあらへんので、ゆうんやったら京言葉ゆうてくださいね」「京都の名前借りんと皮肉のひとつもゆわれへんとか、えらい簡単に仕事しゃはるんですね」と鋭い舌鋒で切り返す。ひねくれているくせに、曲がったことを許さず、喧嘩っ早い。強そうでいて、本当は恐怖に震えている。そんな周は、ある年下の女の子とともに連続放火事件の謎や、友人・瞳子の行方を追うことになるのだが、このペアがまた絶妙。二人の掛け合いは何とも心地よいし、口のよく回る周が調子を狂わせ、素顔を引き出す姿にはつい微笑んでしまう。シリアスな展開ばかりが続くからこそ、二人のやりとりにはホッと和まされるのだ。


     どうして連続放火事件は起きたのか。周は瞳子に会えるのか。そして、物語は、思わぬ方向へと進んでいく。そこには、あらゆる事件の被害者と加害者家族の葛藤が見え隠れする。被害者は被害者で厳しい毎日を送らざるを得ないし、加害者家族だって、過剰な正義感によって多大な被害を受ける。両者の苦しみを知るにつれて、胸が強く痛む。どうすれば、彼らは救われるのだろう。あなたもこの物語で、周とともに、燃えまくる京都の街に降り立ってほしい。なんてハラハラさせられるのだろう。連続放火事件の真相、そこに隠された悲しみを知った時、あなたは何を思うだろうか。まさか派手な設定のこの物語に、こんなにも考えさせられることになろうとはと驚かされるに違いない。


    文=アサトーミナミ

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